テセウスの船のタイトルの由来や意味は?神話が基になっている?

こんにちは、こ―です!

今現在、大人気放送中の日曜劇場ドラマ「テセウスの船」ですが、この意味深なタイトルの名前の由来とか、どんな意味が込められているのか気になりますよね?

原作のストーリーは、本格サスペンスミステリー。

お話の内容とタイトルがリンクしそうで、「タイトルには伏線が込められているのではないか?」と勘ぐってしまいそうです。

 

今回は、「テセウスの船」というネーミングには一体何の意味が込められているのか?また、どういった経緯・由来でこのネーミングになったのかを考察してみたいと思います^^

 

テセウスの船のタイトルの由来や意味は?

「テセウスの船」って、パッと聞いたらなんだか不思議なネーミングですよね?

何やら作者の奥深いタイトルネーミングがあったことが想像できます。これは作者のみ意味の知る「作者の造語」なのか?それとも元々あった言葉なのか?

まずはここら辺を調べてみたところ、「テセウスの船」とは”ギリシャ神話がモチーフになったパラドックス(逆説)のこと”だということがわかりました。

テセウスパラドックス

このパラドックスは、ギリシャ神話に登場する「テセウス」という英雄が乗船していた船に関するエピソードに由来しています。

 

(以下、引用文)

テセウスがアテネの若者と共に(クレタ島から)帰還した船には30本の櫂があり、アテネの人々はこれをファレロンのデメトリウスの時代にも保存していた。このため、朽ちた木材は徐々に新たな木材に置き換えられていき、論理的な問題から哲学者らにとって恰好の議論の的となった。すなわち、ある者はその船はもはや同じものとは言えないとし、別の者はまだ同じものだと主張したのである。

(引用元:Wikipedia

 

上記引用文は、Wikipediaに載っていた「テセウスの船」についての神話のエピソードです。

これだけ読んでも何が何だか意味不明ですね^^;
簡単にエピソードを解説しますね。

英雄テセウスは、クレタ島という島で怪鳥の化け物と対決します。

 

死闘の末、怪鳥に勝利したテセウスは、海を越え国に帰還するために「テセウスの船」に乗り、無事帰還することができました。

国の人々は、テセウスが乗船した船を長い年月の間保存し続けましたが、時代を経る毎に「テセウスの船」は老朽化を繰り返し、その都度修繕(=部品交換)されていきます。

 

部品を交換していくということは、テセウスの船に元々使われていた部品を破棄し、新しい部品に取り換えることを言います。

何回も新品の部品に取り換えられていく内に、ついにテセウスが使用していた時代の部品は全て取り換えられ、新しく付け替えた部品だけで「テセウスの船」が成り立っている状態になります。

 

ここで、1つの問題が生じます。それは、「部品を全て交換してしまったテセウスの船は、それはもはや”テセウスの船と呼べる代物なのか?”」ということです。

 

この問題に対しては、「そりゃ~テセウスの船でしょ」という人もいれば、「いや、テセウスの船とは全く異なるものだ」という人もいると思います。

過去の哲学者たちも、この問題について活発に議論を行いました。

”哲学”ってきくと何だか難しい問題のような気もしますが、実はこの問題は僕らの日常にも数多く存在します。
僕らがそれを”問題”として認識することもあまりない程、日常に。

テセウスパラドックスの例

具体例を用いると理解しやすいと思うので、テセウスパラドックスの例をいくつか取り上げてみましょう。

アイドルユニットやバンド

日本には「AKB48」や「乃木坂46」など、数多くのアイドルユニットが存在しますね。

ニュースとかでたまに見かけますが、「〇〇が卒業!」とかありますよね?一方、メンバー補充のために「第〇〇期生」という新メンバーが追加されることもあります。

これって、アイドルユニットはを「テセウスの船」に見立てれば、この神話のお話と同じ流れになってますよね?

アイドルユニットやバンドは、その名を変えずに中のメンバーが入れ替わり、結成当初のメンバーとは全く違う構成になっていたりします。

 

メンバーの入れ替えを繰り返したアイドルユニットやバンドは、もはや当初と同じものと言えるのか……?

 

改めて考えてみると、「違うもの」とも思えますし、「同じもの」といっても違和感はないかもしれませんよね。

秘伝のタレ

老舗の料理屋にいくとたまに、「秘伝のタレ」と称して古来から代々受け継いできたというその料理屋独自のタレがあったりします。

タレは毎日のように料理の調味料として消費されているのですが、そこに「秘伝のレシピ」なるものを基に、醤油やその他調味料などを入れていくので、「秘伝のタレ」が無くなることはありません。

 

しかし、これも「テセウスの船」のお話と照らし合わせてみると、そっくりだということがわかります。

つまり、「一定期間経てば、元々あった秘伝のタレはなくなっているはずだ」ということです。

 

さぁ、一定期間経ったタレは、「秘伝のタレ」ということができるのでしょうか?

この問題も答えを出すことは容易ではありませんね^^;

これらの例のように、「テセウスの船」の例は僕らの日常に数多く存在します。
では、逆にテセウスの船に当てはまらないものはどういったものでしょうか?

テセウスパラドックスの適用外例

修繕を必要としないもの

部品の取り換えなどを必要とせずとも、そのモノの最期を迎えることができるものはテセウスパラドックスの例外に当てはまるものだと言えると思います。

例えば、

  • 長期間使用できる宝石
  • 使い捨ての物
  • 壊れたら破棄するもの

  …..etc

これら以外にもたぶんたくさんありますが、とりあえずこれだけ例を出しておけば理解していただけると思います。

このように、テセウスパラドックスの例に入らないモノも僕らの周りにはたくさんあります。

テセウスの船というタイトルの由来を考察

「テセウスの船」の語源と、そこに込められた意味についてはわかっていただけたと思います。

では、「テセウスの船」と物語の間にはどのような繋がりがあるのでしょうか?

まずはマンガ「テセウスの船」のあらすじをみてみましょう。

「テセウスの船」あらすじ

北海道音臼村の音臼小学校にて、児童16人、職員5人の犠牲者を出した無差別殺人事件が発生。本作の主人公である「田村心」の父親「佐野文吾」は、この無差別殺人事件の犯人として逮捕され、死刑判決を受け収監中の身である。

 

この事件のせいで、産まれながらにして”犯罪者の息子”として見られながら育った心は、心の全てを理解してくれる妻・由紀と出会い、妻は娘を身ごもり、幸せな家庭を築こうとしていた。心も、事件のことはあまり考えようとせず、妻と娘のためだけに生きることを考えていた。

 

しかし、そんな心の願いも虚しく、由紀は娘・未来を出産する際に亡くなってしまう。

 

元々、心との結婚に反対していた由紀の両親が、由紀の死は心にあると詰め寄り、未来は自分たちが引き取って育てると告げる。

 

心は、自分の父親の容疑さえ晴れれれば娘は”犯罪者の孫”ではなくなる。と考え、父の起こしたとされる「音臼小無差別殺人事件」に向き合うことを決める。

 

生前の由紀が、文吾の事件には不自然な点があり冤罪の可能性があると、遺した事件の資料を手に入れ、文吾に合うために北海道に戻った心は、父の弁護士に合う前に、事件が起きた旧音臼村を訪れた際奇妙な霧に包まれる。

 

そして、心がたどり着いたのは、「音臼小無差別殺人事件」が発生する約半年前の音臼村だった。

 

過去にタイムスリップした心は、過去を変えて未来に変化を起こそうとする時間の概念における”タブー”を犯そうとします….。

タイムスリップによるテセウスパラドックス

偶然のタイムスリップにより、事件の発生を阻止するチャンスを掴んだ心。

過去を改変したことにより、当然ながら事件で死ぬはずだった児童や職員は生き残り、文吾が罪に問われることもありません。

 

しかし、この小さな過去の改変により、未来は大きく変わってしまうことになります。

  • 結婚するはずだった由紀が赤の他人に
  • 心はタイムスリップ前とは全く違う生い立ちを歩む

タイムスリップする前と、タイムスリップで過去を改変した後の心自身、また、心を取り巻く環境は全く違うものとして未来が分岐してしまいます。

 

「果たして、過去を変える前の心や由紀と、過去改変後の心や由紀は、同じ人物なのでしょうか?」

 

ここで、「テセウスの船」に似た哲学的な疑問が湧いて出ることになりますね。

 

タイムスリップする前と後で、登場人物は全く違う人生を歩み、2019年を迎えます。

果たして、タイムスリップする前と後の2019年は、同じ2019年と言えるのでしょうか?

タイムスリップの前後で、生い立ちも、それ以降の人生も変わってしまった心は、単純に比較すれば全く違う人格を持つ、別人として見ることもできま。

でも、細かいこと抜きにすれば、心は1人だけで、同一人物と見ることもできるんだよなぁ~。

タイムスリップ後の自分達は、本当に”自分達”と呼んでいい存在なのか?
まさに、テセウスパラドックスと状況が似ていますね。

かなり深いことを考えさせる、見ごたえのある作品であることは間違いないですね。

思考がショートしそうですが、物語の最期はどうなるのか、非常に楽しみでもありますね^^

テセウスの船のタイトルの由来や意味は?神話が基になっている? まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は、日曜劇場ドラマ「テセウスの船」のタイトルの由来や、その意味について考察混じりでご紹介しました。

過去の改変を達成した心ですが、その心自身や、タイムスリップ前の心の妻・由紀は、タイムスリップ後も同一人物と言えるのか?

本作は、「テセウスのパラドックス」にどのような結論を付けるのか?

今から終わりを想像しながら見てみるのも楽しいと思いますよ^^

今から最終回が楽しみじゃ~~!w

 

最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。

 

 

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